秋田市新屋の歴史を訪ねる

2012年11月22日 (木)

栗田神社

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 今日は1122で「いい夫婦の日」とのことだが、我が家のお相手は友達とどこかへお出かけ。

 自分は術後7ケ月経過し、諸検査で病院へ。今日はMRI検査、29日CT・血液等の検査予定。

 4月2日の残胃癌全摘手術後の経過はまずまずだが、今まで正常だった肝機能の数値が若干高くなり少々不安。投薬を初めて間もなく一か月経過、29日の検査が気になるところ。

新屋の歴史<栗田神社

秋田市新屋の歴史を数回に分けて投稿したが、今回の栗田神社で最後です。

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栗田定之丞翁(1767~1827)を祀る栗田神社

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栗田定之丞は18年間で300万本のクロマツを日本海の海岸線に植林し、民家を飛砂から守った植林家。

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天保3年に割山町に栗田翁の遺愛碑と小祠を建てられた。その後安政4年に現在の雄物川放水路の真ん中あたりに神社を建てたが、雄物川改修工事の関係で大正元年に現在地に遍座したという歴史があるようです。

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2012年11月13日 (火)

國萬歳酒造

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今日も強い雨が降ったり止んだりの生憎の天気でした。

新屋の歴史<國萬歳酒造>

新屋には宝暦4年(1754)の文献によれば酒蔵が6軒あったそうです。新屋の砂丘にしみ込んだ軟水と昔は雄物川の船着場だったので上流で作られた良い米が手に入ったことから「秋田の女酒」と呼ばれるまろやかな酒ができたとのことです。

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「國萬歳酒造」は明治41年10月に創業した古い酒蔵。現在新屋に残る唯一の酒造で国登録有形文化財とのことです。


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「國萬歳」は日露戦争の勝利を祝して命名された主要銘柄だったようです。現在は「秋田晴」として商品が多く流通している。大吟醸酔楽天は美味しいですよ・・・・・pouch
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玄関脇に「長寿の泉」があり、國萬歳酒造が酒造りに利用している水で地元の人が自由に汲んで利用しているいるようです。

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2012年11月10日 (土)

味噌醤油醸造元

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久しぶりの青空に恵まれ少しだけ家周りの冬支度ができた。

新屋の歴史<仙葉善治商店>

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新屋には酒造業や味噌醤油醸造業の店が今も多く残っている。仙葉善治商は明治23年創業の味噌醤油醸造元で、「亀甲善」醤油を醸造し県外まで販路を持っている。昭和10年ころからはしょっつるも製造販売しているとのこと。新屋の醸造元は先に掲載した森九商店や佐藤佐七商店など、旧羽州浜街道沿いに歴史のある古い店が残っている。

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2012年11月 8日 (木)

忠専寺

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今日は終日大雨・強風の悪天候に見舞われた!

新屋の歴史<忠専寺>

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正保3年(1646)に創建されたといわれる真宗大谷派の寺院。境内には森川源三郎翁の墓や戊辰戦争で戦死した肥前武雄の佐賀藩士の墓が3基ある。

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この忠専寺には秋田市指定有形文化財の「阿弥陀如来像」があるが普段は公開してないようです。

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本堂には佐賀藩士たちが銃の手入れをした銃口や鉄砲の台尻の跡が残っているようです。

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2012年11月 6日 (火)

天龍寺の地蔵尊

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新屋の歴史<天龍寺の地蔵尊

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新屋表町の曹洞宗「天龍寺」
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ここ天龍寺には戊辰戦争で戦死した、佐賀藩家老鍋島上総の家臣「樋口泉兵衛」の墓がある。


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天龍寺には面白い昔話が残っている。境内には7体の地蔵尊がある。もともと地蔵様は6体であったという。そのうち1体が唐の金山寺の火事の消火手伝いに出向いた、その間に5体ではかわいそうだと村人が1体を奉納し6対に戻した。その後唐からひときわ大きくなって戻った地蔵様(右端)が加わり7体の地蔵様になったのだというcoldsweats01

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2012年11月 5日 (月)

馬つなぎ石

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 今日を逃せばしばらくいい天気が無いと友和会のメンバー13人でグラウンド・ゴルフに出発した。

 最初に天王に向かったが、なんと休業日だった!事前調査不足を反省。次に大潟村に向かったが、こちらは団体予約で午前中はプレーできないとのことwobbly

 仕方なく八竜の「ゆめろん」まで足を伸ばしやっとプレーを楽しんだ。15時に町内に戻り会館でハンバキ脱ぎ!?老人クラブならではの楽しい一日。

新屋の歴史<馬つなぎ石>

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昔新屋の旧羽州浜街道は馬車の往来が多かったらしい。森九商店屋敷の角にこのような珍しい馬をつないだ石が生き残っていた。

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2012年11月 3日 (土)

文化財の森九商店

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 昨日小学校1年の孫の授業を自由に参加できる「みんなの登校日」があり、由利本荘市立新山小学校に行ってみた。

 初めて孫が授業を受けている姿を見ることができた。算数と社会の授業を見たが、当然のことながら今の授業は昔とは大違いで、大変参考になった!

新屋の歴史<森九商店>

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新屋には醸造業や酒蔵業など歴史のある老舗の店が多い。

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写真の森九商店は江戸時代以来、醸造業が盛んな新屋表町旧羽州浜街道(北国街道)沿いに位置する醸造元。


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国登録有形文化財に指定されている森九商店


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2012年11月 1日 (木)

葉隠墓苑

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 早くも今日から十一月(霜月)、今年もあと二か月と少なくなった。それにしても今年の秋は暖かい、夏咲いた花が二度咲きしたりしている。やはり異常気象だ!

 今晩から明日にかけて荒れ模様のようだが、寒気が駆け足で来るのか、まだ暖かい秋が続くのか?

新屋の歴史<葉隠墓苑

 葉隠(はがくれ)とは,江戸時代の中期に出された書物で、佐賀鍋島藩士が武士の心得について述べたものを記録したものである。

 葉隠の記述の中で特に有名な一説に「武士道と云うは死ぬ事とみつけたり」との言葉が残っている。

私は歴史は得意でないが、葉隠墓苑とは慶応4年(1868)の戊辰戦争で援軍として秋田藩とともに戦った佐賀藩士なきがらが葬られている墓地とのことです。

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昭和63年に戊辰戦争の時に秋田で殉職した佐賀藩士の霊を慰めるために慰霊碑を建立した。

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戊辰戦争で秋田藩は新政府側に加わり庄内藩と戦った。当時の新屋村は兵士たちの墓地となり、村人の家々は宿泊所や野戦病院としてつかわれたとのことです。

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この墓地には戦士した佐賀藩士馬渡栄助ら3名の墓石が建っている。

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2012年10月29日 (月)

新屋参画屋

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 今日は老人クラブのグラウンド・ゴルフ玉納め会だったが、あいにく深夜の雨でグラウンドコンデションが悪く、ゴルフは止めて町内会館で懇親会のみとなった。

新屋の歴史新屋参画屋

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昔は三角屋という下駄屋だった建物。現在は地域の交流の場として生まれ変わっているカフェも併設されており、美味しい定食も食べられるという。おすすめはから揚げ丼。


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店内には当時の面影を偲ぶ下駄が飾られている。

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近くには薬王院下湧水と愛宕町下湧水の二つの湧水がある。

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2012年10月28日 (日)

余楽庵

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新屋の歴史<余楽庵>

 秋田市新屋日吉町に新屋が生んだ偉大な農業指導者森川源三郎の「余楽庵(よろくあん)」という秋田市の文化財がある。

 森川源三郎は、弘化2年(1845)に河辺郡百三段新屋村(現在の新屋表町)に生まれ、大正15年に82歳で生涯を閉じている。

 森川翁は生涯を通じての作物の栽培方法の工夫や品種改良、農民の生活向上にその身をささげた徳農家だった。

 晩年は秋田市上北手古野二見山に自ら「余楽庵」と名づけた草庵を建てて住み、山林経営に専念して自適な生活を過ごしながら、「天下に廃物なし」と唱えた。

 森川源三郎は、石川理紀之助、斉藤宇一郎とともに秋田県の「農業三大人」と称されている。

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余楽庵に通じる秋田市新屋日吉町の日吉坂で古い松並木がみごとである。

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余楽庵の案内標柱
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余楽庵は明治38年に古野の二見山に建てられたものをその後新屋比内沢に移され、戦後になって現在地に移転された。

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余楽庵は市指定の文化財

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余楽庵の前に帆掛け船をかたどった見事なクロマツ「帆掛けの松」がある。

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市の保存樹に指定されている帆掛けの松だが残念ながら枝が折れてしまった。

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